時間外労働の上限設定に関する「実行計画」ついての意見
2017年4月19日
過労死防止全国センター代表 森岡 孝二
去る3月28日に政府の第10回「働き方改革実現会議」が開催され、「政労使合意」にもとづく時間外労働(残業)の上限設定を中心とする「実行計画」が発表された。これは過労死の防止と過重労働の解消を求める観点から見過ごせない危険を含んでいる。
1 特例温存の制度設計
「実行計画」は、時間外労働の限度を「原則として、月45時間、かつ、年360時間」とするとしているものの、特別条項付き36協定を温存し、「臨時的な特別の事情がある場合」は、特例として年720時間以内、単月100時間未満、2~6か月平均80時間以内の時間外労働を可とする制度設計になっている。
2 年間最大960時間を許容
「実行計画」は月100時間や複数月平均80時間は休日労働を含むとしながら、月45時間、年360時間、および年720時間は法定休日労働を別枠にしている。その結果、年間最大960時間(80時間×12か月)も可とされる。また、月45時間の基準も、1日9時間の法定休日労働が月4回あれば、容易に月80時間超となる。
3 過労死は月100時間未満の残業でも多発
「実行計画」は残業を「月100時間未満」に抑えれば、過労死が防止できるかのような発想に立っている。しかし、現実には過労死は100時間未満の残業でも多発している。厚生労働省「過労死等の労災補償状況」によれば、100時間未満の残業での脳・心臓疾患の労災支給決定件数は、2014年度が125(うち死亡60)件、2015年度が117(54)件あり、死亡事案にかぎっても全体の半数近くを占めている。精神障害においては突然の出来事やパワハラなどによる極度の精神的負荷がある場合は、月40時間未満あるいは20時間未満の残業でも過労自殺が起きている。
4 深夜交替制勤務の過重性を無視
「実行計画」では深夜交替制勤務の過重性がまったく考慮されていない。看護・介護などの時間外労働は、月45時間でも相当にきつく、本来ゼロにすべきで、特段の事情ある場合にも、1日1時間以内、月20時間以内の範囲で認めることが望ましい。厚生労働書は深夜交替制勤務に関する統計調査を定期的に実施すべきである。
5 法定労働時間のいっそうの空洞化
「実行計画」は1日8時間・1週40時間を超える延長の上限を定めていないので、1日10時間の残業(実働18時間)を10日続けてさせることも法的には許容する。法定労働時間の基準が、残業代の支払基準を別とすれば、ベースの「1週40時間・1日8時間」に縛られない「月45時間・年360時間」に置き換えられ、さらに繁忙や納期を理由として「単月100時間、複数月80時間、年720時間」に多層化されるので、1日と1週の基準をこれまで以上に形骸化し、男性正社員が平均1日10時間、1週50時間働く現状を法認する(=放任)するものとなっている。
6 36協定の実態を無視して延長時間の引き上げを誘発
厚生労働省「平成25年度労働時間等総合実態調査結果」および「過労死等に関する実態把握のための社会面の調査研究事業報告書(みずほ情報総研、2015年度調査)」によれば、特別条項付き36協定の9割は延長の上限を月100時間未満にしている(延長の月平均は両調査とも78時間)。それだけに、「100時間未満」の上限設定は、特別条項付き36協定を締結している企業の大部分において延長時間の引き上げを誘発する危険が大きい。
7 残業限度基準に関する適用除外制度の見直しを先送り
これまで建設事業や運転業務や研究開発業務は、時間外労働の延長の限度基準の適用が除外されてきたために特別に労働時間が長く、過労死が多発してきた。そのために適用除外制度の見直しが求められてきたが、「実行計画」では、新たに加えられた医師の業務とともに、少なくとも向こう5年間は適用除外制度の見直しが先送りされた。
8 罰則強化、割増率引き上げ、監督官の大幅増員を回避
今回の「実行計画」では、長時間労働の解消のための懸案の課題であった違法な時間外労働に対する罰則の強化も、時間外労働の割増賃金率の引き上げも、労働基準監督官の大幅な増員も回避されている。
9 過労死防止法に逆行
同法の規定では、厚生労働大臣は大綱の作成・変更や法の見直しに際して、「過労死等防止対策推進協議会」の意見を聴くことになっている。協議会では大綱策定にあたって36協定の見直しや勤務間インターバル休息規制の導入についても議論した。しかし、今回の「実行計画」にしたがえば、今後は労働時間制度のそうした見直しを議論することさえ封じられる恐れがある。
10 私たちの要求
私たちは、労働者のいのちと健康および家族生活を守る立場から、今回打ち出された「実行計画」に反対し、政府・厚生労働省に対して以下の5点の実現を強く求める。
- 1日8時間、1週40時間の法定労働時間を基本として、現行の36協定による時間外労働の限度に関する基準(週15時間、月45時間、年間360時間)を労基法に明記し、追加的延長のための特別条項を廃止する。
- EU(欧州連合)並の勤務間インターバル休息規制を導入する。
- 建設事業、運転業務、研究開発業務などに関する残業の上限規制の適用除外制度を速やかに廃止する。医師の業務の適用除外扱いはしない。
- 上限規制の実効性を確保するために、使用者に正確な労働時間の把握・記録・保存を義務づける。
- 違法な時間外労働に対する罰則の強化、時間外労働の割増賃金率の引き上げ、および労働基準監督官の大幅な増員を実施する。
- 深夜交替制勤務についての統計調査を定期的に実施する。
- 「高度プロフェッショナル(残業代ゼロ)制度の創設」と「企画型業務裁量労働制の拡大」を撤回する。また、現行の裁量労働制が労働時間管理を弱め長時間労働を助長する機能を果たしていることから、その廃止を含め、抜本的な改革を実施する。