過労死・過労自殺の基礎知識
過労死・過労自殺とは
・過労死とは、「働き過ぎが原因となって引き起こされる死」です。長時間労働による疲労や精神的負荷が過度に蓄積すると心身の健康を損ない、ついには死に至るとされています(2000年3月24日電通事件最高裁判決)。脳内出血や心筋梗塞など身体が破綻するのが過労死、うつ病の発症など精神が破綻するのが過労自殺(過労自死)であるといえます。
過労死・過労自殺は、無理をしてまじめに働いている人を突如襲い、大切な人を突然奪っていきます。家族の心配は、突然現実のものとなるのです。
・過労死・過労自殺は、早くは1920年前後から製糸工場などで多発していたと考えられます。戦後しばらくは労働基準法など労働法の制定や労働運動の高揚などによって鳴りを潜めていましたが、1980年代後半から社会的に大きく注目され始め、「過労死」という言葉は、我が国のみでなく、国際的にも「karoshi」(death from overwork)として知られるようになりました。近年においても、過労死等にも至る若者の「使い捨て」が疑われる企業等の問題など、劣悪な雇用管理を行う企業の存在と対策の必要性が各方面で指摘されています。過労死等は、人権に関わる問題とも言われています。
・このように、過労死は社会問題となって既に30年近くになりますが、過労死・過労自殺は年齢、性別、職種を超えて広がり続けています。1998年から13年連続で毎年3万人を超え、その後減少したものの毎年2万人以上の自殺者の中には、相当数の過労自殺が含まれていると考えられます。
・現在では、長時間にわたる過重な労働は、疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられ、さらには脳・心臓疾患との関連性が強いという医学的知見が得られています。また、業務における強い心理的負荷による精神障害により、正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害され、自殺に至る場合があると考えられています。
・このような共通の認識の下、2014年6月14日成立した過労死等防止対策推進法(過労死防止法)において、過労死等の定義が、我が国の法律上初めて以下のとおり規定されました(過労死防止法第2条)。
- 業務における過重な負荷による脳血管疾患・心臓疾患を原因とする死亡
- 業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡
- 死亡には至らないが、これらの脳血管疾患・心臓疾患、精神障害
【過労死問題の歴史】
1988/6/18 | 弁護士有志が全国8ヶ所(札幌、仙台、東京、愛知、京都、大阪、神戸、福岡)で初の「過労死110番」電話相談を実施 |
10/2 | 過労死弁護団全国連絡会議結成 |
11/13 | シカゴトリビューン紙が” JAPANESE LIVE AND DIE FOR THEIR WORK” の見出しで、平岡事件を紹介しながら日本の過労死問題を一面トップで報道。 |
1991/11/12 | 全国過労死家族の会結成 |
1995/2/1 | 過労死の認定基準改正(基発第38号) |
1997/10/18 | 「自殺過労死110番」電話相談を実施 |
1999/9/14 | 過労自殺の認定基準「心理的負荷による精神障害等にかかる業務上外の判断基準」 |
2000/3/24 | 電通事件最高裁判決 |
2001/6/12 | 大阪で「労働基準オンブズマン」結成 |
12/12 | 過労死の新認定基準制定(基発1063号) |
2002 | 「karoshi」がオックスフォード英語辞典に掲載 |
2003/7 | 大阪で、36協定情報不開示に対して行政訴訟を提起(2005/3/17大阪地裁勝訴・確定) |
2009/11/18 | 過労死を出した企業名の公開を求める行政訴訟提訴(2011/11/10大阪地裁勝訴、2012/11/29大阪高裁敗訴、2013/10/1最高裁不受理) |
2011/12/26 | 過労自殺の新認定基準制定(基発1226第1号) |
過労死防止法の制定
・突然、愛する家族を過労死で失った遺族たちは、深い悲しみと喪失感に苦しみながら、自ら労災申請や民事訴訟などに立ち上がるとともに、全国と各地に「過労死を考える家族の会」を作り、互いの活動を支援しあうとともに、認定基準の改定や過労死の予防を求める活動を四半世紀にわたって粘り強く行ってきました。
・そして、2011年11月には、過労死遺族やその方々を支援する弁護士、学者等が集まって過労死を防止する立法を目指す団体「ストップ!過労死 過労死防止基本法制定実行委員会」が結成されました。実行委員会では、全国で55万人を超える署名を集める等により被災者の実態と遺族の実情を訴え、立法への理解を得るよう国会に対する働きかけを行うとともに、地方議会に対しては法制定の意見書が採択されるよう働きかけを行いました。また、国際連合経済社会理事会決議によって設立された社会権規約委員会が我が国に対して、長時間労働を防止するための措置の強化等を勧告しています。このような動きに対応し、143の地方議会が意見書を採択するとともに、国会において法制定を目指す議員連盟が結成される等、立法の気運が高まる中で、過労死等防止対策推進法(以下「法」という。)が提出され、2014年6月に全会一致で可決、成立し、同年11月1日に施行されたのです。
【過労死防止法制定の歴史】
2010/10/13 | 全国過労死家族の会が「院内集会」開催(第1回院内集会) |
2011/11/16 | 過労死防止基本法制定実行委員会 結成(第2回院内集会) その後、法律制定までに 署名 約55万筆 地方自治体の意見書 143(うち道府県議会が10) 院内集会 計10回 超党派議員連盟 約130人 |
2012/6/13 | 「過労死防止基本法制定をめざす超党派議員連盟」結成(その後会員数約130人に) |
2013/5/17 | 国連社会権規約委員会が日本政府に勧告 |
2014/6/20 | 過労死等防止対策推進法(過労死防止法)成立 衆参両院の全員一致による可決 |
>過労死等防止対策推進法(条文)
>過労死等防止防止対策推進法の概要(厚生労働省)
過労死等防止対策大綱
・過労死防止法の規定に基づいて、2014年12月厚労省の中に、過労死遺族や労使代表、有識者による「過労死等防止対策推進協議会」が設置され、約半年にわたる意見交換を経て、「過労死等の防止のための対策に関する大綱」が作成され、パブリックコメント募集を経て同年7月24日公表されました。
・大綱とは、全省庁の大臣が参加した閣議で全員一致による「閣議決定」で国全体としての政策の方向を定める政策文書です。
過労死防止対策大綱では、概略次のようなことが記述されています。
◎「第1 はじめに」
過労死防止法の成立・施行の背景、過労死防止法の概要、大綱の位置づけなど。
過労死問題の歴史や過労死防止法制定の取組がきちんと評価されています。
◎「第2 現状と課題」
①労働時間等の状況、②職場におけるメンタルヘルス対策の状況、③就業者の脳血管疾患、心疾患等の発生状況、④自殺の状況、⑤脳・心臓疾患及び精神障害に係る労災補償等の状況、⑥課題。
ここに書かれた数字や統計などはすべて裏付けのあるものであり、あちこちで活用することができます。また、国家公務員、地方公務員についてはこれまでこのようなデータは公表されていませんでした。
◎「第3 過労死等の防止のための対策の基本的考え方」
「1 当面の対策の進め方」
前段では、過労死等の発生要因等は明らかでない部分が少なくなく、第一に実態解明のための調査研究が早急に行われることが重要であり、また、啓発、相談体制の整備等、民間団体の活動に対する支援は、調査研究の成果を踏まえて行うことが効果的であるが、過労死等防止は喫緊の課題であり、過労死等の原因の一つである長時間労働を削減し、仕事と生活の調和(ワークライフバランスの確保)を図るとともに、労働者の健康管理に係る措置を徹底し、良好な職場環境(職場風土を含む。)を形成の上、労働者の心理的負荷を軽減していくことは急務であり、また、関係法令等の遵守の徹底を図ることも重要であるとしています。
後段では、将来的に過労死等をゼロとすることを目指し、平成32年までに「週労働時間60時間以上の雇用者の割合を5%以下」、「年次有給休暇取得率を70%以上」、平成29年までに「メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業場の割合を80%以上」とする目標を早期に達成することを目指すことなどが記述されています。
「2 各対策の基本的考え方」
調査研究、啓発、相談体制の整備、民間団体の活動支援の4つの過労死防止策についての基本的な考え方。
これらの過労死防止策を立案・実行していくうえで極めて重要なものであり、十分に議論して活用していくことが望まれます。
◎「第4 国が取り組む重点対策」
上記の4つの過労死防止策について、当面重点的に取り組む事項が記載されています。
前文
関係行政機関が緊密に連携して取り組む、国家公務員に係る対策も推進するとともに、地方公共団体に対し、地方公務員に係る対策の推進を働きかける、今後の調査研究の成果等を踏まえ、取り組むべき対策を検討し、逐次反映していく。
「1 調査研究等」
①過労死等事案の分析、②疫学研究等、③過労死等の労働・社会分野の調査・分析、④結果の発信。
「2 啓発」
①国民に向けた周知・啓発の実施、②大学・高等学校等における労働条件に関する啓発の実施、③長時間労働の削減のための周知・啓発の実施、④過重労働による健康障害の防止に関する周知・啓発の実施、⑤「働き方」の見直しに向けた企業への働きかけの実施及び年次有給休暇の取得促進、⑥メンタルヘルスケアに関する周知・啓発の実施、⑦職場のパワーハラスメントの予防・解決のための周知・啓発の実施、⑧商慣行等も踏まえた取組の推進、⑨公務員に対する周知・啓発等の実施。
「3 相談体制の整備等」
①労働条件や健康管理に関する相談窓口の設置、②産業医等相談に応じる者に対する研修の実施、③労働衛生・人事労務関係者等に対する研修の実施、④公務員に対する相談体制の整備等。
「4 民間団体の活動に対する支援」
①過労死等防止対策推進シンポジウムの開催、②シンポジウム以外の活動に対する支援、③民間団体の活動の周知。
◎「第5 国以外の主体が取り組む重点対策」
「1 地方公共団体」
国が行う対策に協力するとともに、この対策を参考に、地域の産業の特性等の実情に応じて取組を進めるよう努める、対策に取り組むに当たっては、国と連携して地域における各主体との協力・連携に努める、地方公務員を任用する立場からの対策を推進し、それぞれの職種の職務の実態を踏まえた対策を講ずるよう努めるとしたうえで、地方公共団体の行う①啓発、②相談体制の整備等、③民間団体の活動に対する支援について記述しています。
「2 事業主」
国が行う対策に協力するとともに、労働者を雇用する者として責任をもって対策に取り組むよう努めるとしたうえで、①経営幹部等の取組、②産業保健スタッフ等の活用について記述。産業医がいない規模の事業場では、産業保健総合支援センターを活用した体制の整備を図るよう努めるとしています。
「3 労働組合等」
労使が協力した取組を行うよう努める、組合員に対する周知・啓発や良好な職場の雰囲気作り等に取り組むよう努める、労働組合及び過半数代表者は、この大綱の趣旨を踏まえた協定又は決議を行うよう努める、としています。
「4 民間団体」
過労死等防止対策に対する国民の関心と理解を深める取組、過労死等に関する相談の対応等に取り組むよう努めるとしています。
「5 国民」
国民一人ひとりが自身の健康に自覚を持ち、過重労働による自らの不調や周りの者の不調に気づき、適切に対処できるようにするなど、主体的に過労死等防止対策に取り組むよう努めるとしています。
◎「第6 推進上の留意事項」
①協議会による進捗状況のフォローアップ、②調査研究の結果を踏まえた対策の適宜見直し、③おおむね3年を目途とした大綱の見直しについて述べています。
>大綱の概要
>過労死等の防止のための対策に関する大綱(平成27年7月24日閣議決定)(PDF)
過労死等の労災(公務災害)認定
・労働者(民間労働者、地方公務員、国家公務員)に過労死等が生じた場合は、所轄官庁に対して労働災害(公務災害)の認定請求をすることができます。
・業務上(公務上)、業務外(公務外)の判断は、脳・心臓疾患及び精神疾患についてそれぞれ策定された通達に基づいて行われます。
・それぞれについて、請求権者、時効期間、不服申立の審査機関、不服申立の期間、行政訴訟の管轄裁判所などが定められていますので、注意してください。詳細については、過労死事件等に取り組んでいる弁護士に相談することをお勧めします。
民間労働者 | 地方公務員 | 国家公務員 | |
根拠法令 | 労働者災害補償保険法 | 地方公務員災害補償法 | 国家公務員災害補償法 |
判断機関 | 労働基準監督署長 | 地方公務員災害補償基金支部長 | 実施機関(所轄大臣など) |
給付の種類 ※なお、これ以外に各種の福祉事業による給付があります。 |
療養補償 休業補償 傷病補償年金 障害補償 介護補償 遺族補償 葬祭料 |
療養補償 休業補償 傷病補償年金 障害補償 介護補償 遺族補償 葬祭補償 |
療養補償 休業補償 傷病補償年金 障害補償 介護補償 遺族補償 葬祭補償 |
不服申立 | ①審査請求(労働者災害補償保険審査官) ②再審査請求(労働保険審査会) |
①審査請求(基金支部審査会) ②再審査請求(基金本部審査会) |
審査申立(人事院) |
行政訴訟 | ①地方裁判所 ②高等裁判所 ③最高裁判所 |
①地方裁判所 ②高等裁判所 ③最高裁判所 |
①地方裁判所 ②高等裁判所 ③最高裁判所 |
※脳・心臓疾患の過労死認定基準
(民間労働者)
・脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について(厚生労働省労働基準局長平成13年12月12日基発第1063号)
・脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準の運用上の留意点等について(平成13年12月12日基労補発第31号)
(地方公務員)
・心・血管疾患及び脳血管疾患等の職務関連疾患の公務上災害の認定について(通知)(地方公務員災害補償基金理事長平成13年12月12日地基補第239号)
(国家公務員)
・心・血管疾患及び脳血管疾患等業務関連疾患の公務上災害の認定について(通知)(人事院事務総局勤務条件局長平成13年12月12日勤補323号)
※精神障害・自殺に関する認定基準
(民間労働者)
心理的負荷による精神障害の認定基準について(基発1226第1号)
心理的負荷による精神障害の認定基準の運用等について(基労補発1226第1号)
(地方公務員)
精神疾患等の公務災害の認定について(通知)(平成24年3月16日地基補第61号)
「精神疾患等の公務災害の認定について」の実施について(通知)(平成24年3月16日地基補第62号)
(国家公務員)
過労死等に対する雇用者の責任
・「大綱」は、事業主が取り組む重点対策として、次のように述べています。
「事業主は、国及び地方公共団体が実施する過労死等の防止のための対策に協力するよう努めるものとされている。また、労働契約法第5条では、使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとすると規定されており、労働安全衛生法第3条第1項では、事業者は、職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならないと規定されている。
このため、事業主は、国が行う第4に掲げた対策に協力するとともに、労働者を雇用する者として責任をもって過労死等の防止のための対策に取り組むよう努める。」
・過労死等を発生させた雇用者に安全配慮義務違反ないし注意義務違反が認められる場合は、過労死等の労働災害(公務災害)認定及びそれに基づく補償給付とは別に、民事上の損害賠償責任を負うことがあります。
・過労死等を発生させた雇用者の責任について、有名な電通事件最高裁判決(最高裁第2小法廷平成12年3月24日判決)は、次のように述べています。
「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法六五条の三は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが、それは、右のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。」
・過労死等の民事訴訟においても、主張・立証責任は基本的に原告側にあり、また原告となりうる者、時効期間、管轄裁判所など様々な問題があることから、過労死事件に取り組んでいる弁護士に相談することをお勧めします。